年内に緑になれなかった話
「色変記事」はたくさんある。
けれども「色変できなかった」というネガ記事はあんまりない。
それならば、能天気マンによるネガ記事を書くぞ〜!と、筆を取らせていただいた次第です。
※去年の競プロアドベントカレンダーで書いた 競プロ初心者がやらなくてもいいこと の冒頭よりオマージュ
この記事には対象者、というか、読んで欲しい人がいます。
- 競プロやるのがつらくなってる
- なんだかTLの雰囲気がいやだな〜と思うことがある
- 競プロから離れるか悩んでいる
など。競プロや、界隈への想いが、下方に向かってる方。
選択を強要する内容ではないため、後押しとかはできないかもですが…
下方の気持ちを1年間抱えて考えたわたしの過程で、何かがあなたのためになれたら、とってもうれしいです!
では。
こっから先は算数から初学して、1年で茶色になった社会人競プロerの、2年目の記録です。
※1年目について詳しくは ABC283で入茶しました!〜成長日記〜
いつも通りエッセイです!技術的有益情報は、ないよー!
んじゃどうぞ、よろしくお願いします。
現状
レート:687
あと113…え、113?!旧実家の部屋番号だ。あらまあ!
problems
去年と今年で解いた問題数の差
月 | 2022年 月別AC数 (総AC数) | 2023年 月別AC数 (総AC数) |
---|---|---|
1月 | 21 (23) | 68 (868) |
2月 | 7 (30) | 58 (910) |
3月 | 2 (32) | 50 (960) |
4月 | 1 (33) | 19 (979) |
5月 | 0 (33) | 20 (999) |
6月 | 0 (33) | 48 (1047) |
7月 | 36 (69) | 82 (1129) |
8月 | 26 (95) | 100 (1229) |
9月 | 121 (216) | 60 (1289) |
10月 | 310 (526) | 23 (1312) |
11月 | 121 (647) | 50 (1362) |
12月 | 153 (800) | 11 (1373) ※12/18本日時点 |
年総計 | 800 | 573 |
灰を埋めてしまった関係で問題の難易度が上がったことを加味しても、やはり大幅に下がってますねえ。ぐぬぬぬ…
※時期別の下がり方(3〜7月 / 9〜11月)の言い訳については、最後に今年の振り返りと合わせて書いたぜ!
定量的に見える理由としては、ただ単に精進不足ですね!
問題は、定性的な理由。まあ、人にはそれぞれ人生があり、色変できない要因はそれぞれ。
わかっちゃあいて目も向けたくない!のところを、敢えて言語化してみました。
世界一えらい!
どうして緑になれなかったのか
★ 少し影響した
★★ 影響した
★★★ 大きく影響した
- 転職活動をはじめた ★
人生に趣味よりも優先するものが出るなど、予想だにしてなかった。
実際はじめてみたら、エディタ開くとWEB関連の勉強したくなるし、コンテスト以外の日にはPython書かない、ということが当たり前になっていった。
その代わり、WEBでできることは、めちゃ増えた!うれしい
そしてこの記事を公開するタイミングでなんと!競プロオタク語りしたおかげで(?)内定が出ました!
本当に嬉しい、ありがとうございます…!!
転職記事はまた別途書きます!
- 問題を解く枷をつけた ★
頭の中でずっと「精進しないとみんなに責められる」みたいな、謎の妄想があった。どうして…?
やりたくないのに無理矢理問題を開く、考える、嫌になる…みたいな期間があって、なかなか負のループから抜けられなかった…
そういうループから抜けるのはいつだって「休むこと」である。うむうむ!
- 仕事が激務すぎた ★★
茶色になれたことで「がんばれば、できる」を過信してしまい、仕事で「NO」を言わなくなって爆死した。おばか…
- 競プロ界隈での人間関係をがんばりすぎた ★★★
問題じゃなくて、人間関係について考える時間が、膨大に増えてしまった。
今年最大の反省は、今までの人生で出会ってきた人たちと、同じような頻度と距離感で、インターネット上のコミュニケーションをしてしまったこと。
仲良くするのが悪いのではなくて、相手によって距離感、頻度などは、しっかりと吟味しないと逆にトラブルになるということですね…!
複数の人間関係に対して、ここまで頭を抱えることが連発するのはじめてで、自分がいかに考えないで人と関わっていたかを痛感した。
1年を通して、たくさん失敗して、学ばせていただいた。
すっごく傷付いたこともあったし、とんでもなく大変だったけれど…周りの人たちのおかげで、なんとか乗り越えられた。
本当に、ありがとうございます。いつも。
ところで
わたしがAtCoderをはじめた当初の目標は「茶色」でした。
「まず茶色」ではなく、算数力底辺四則演算からスタート!の自分にとっては「目標が茶色」。
小さい頃から、家庭の金銭状況や親の思想の関係で「やりたいこと」を叶えられない経験を、たくさん積んでしまった。
チョコレートを食べたい、炭酸飲料を飲みたい、アニメを見たい、漫画を読みたい、ゲームをしたい…そして「勉強をしたい」
周りを見渡せば当たり前に許されている、なんなら推奨されていることは、我が家では「禁止」とか「嫌厭」されていた。
この歳になって自覚したのは、無意識にやりたいことを、親の代わりに自ら否定する癖があるということ。
そして、社会性が育ち「やりたいこと」を求められるようになると『叶わないやりたいこと』を作り、諦めるしかない環境に身を置いて、叶わないのを環境のせいにする癖がついてたということ。
叶えたら、続ける責任が起きる。だから、叶えることから逃げていた。
気づいた時、とっても、こわかった…あくまで癖だから、もちろん全てではないが。
勉強ができない環境下で、想像や安価なものだけで作り上げられる、かつ職業として叶える門が狭い「漫画家」や「音楽家」を将来の夢に置き、諦めていく過程は、両方の癖を体現していた。こわ!
なあんて、大袈裟に書いたけれども。
生きていれば、多かれ少なかれよくある、陳腐な話!
だから、これを読んでくれている記憶のどこかにも、きっと似たようなことはあるはず。
ごちゃごちゃ書いちゃったけれども
- つまり、本心では年内に緑になりたいとは、思ってなかった ★★★
これが最大の理由!
だから、なれなかった、というより、ならなかった。が正しいな、と思います。
ちなみに、どうして2022年内に茶色になれたのか
実際、茶色は『目標』とか、そんなかっこいいもんじゃなかった。
「paizaSになって褒めてもらいたい、周りに喜んでもらいたい!AtCoderで茶色になれば、それが叶う!」という、ただの無謀な憧れ。
※詳しくは 2年前から夢だったpaizaランクSになった話
つまり、茶色は、高校3年生の夏に抱いた「普通になりたい」という、強烈な憧れとかなり近いものがあった。
※詳しくは 不登校児が願い続けた「普通になりたい」を忘れた話
緑という色に対して強い憧れがあるかと言ったら…ない!(どーん!!)
翠富士はだいすきだし愛してるし尊いが、わたしはどう頑張っても彼にはなれないし、なってしまったら推し活が捗らない!!
すみません話がずれましたね、まったくこれだからオタクは。
なので、わたしが茶色になれたことって、本当に素晴らしいことだったんだな〜、と。1年のラグを経て実感した。 嬉しいというより「よくやった、すごい」という気持ち。他者からの賞賛よりも、自分が自分に向ける賞賛、とても貴重で、満たされる。
だから、逆に考えてみると
強い憧れを叶える能力が、わたしにはある。 たとえ、どんなに無謀なことだとしても。
他者の評価が達成に介在しまくる「正社員になりたい」という想い(転職活動)は、ちゃんと叶った!やったー!
だから、今後また強烈に望むやりたいことは、どんどん叶えていってあげたい。
取り繕った『やりたいこと』とはさよならして、憧れに成るための努力。もっとしていきたい。
次の憧れに出会ったとき、それを追う時間を自分に作れるような状態にしておきたい。
それが、いまわたしがいちばん憧れを抱く『やりたいこと』だな!って、思います。
色々あったけど、競プロにはたくさん人生を変えてもらって、すっごく感謝しています。
だから、焦らずゆるく長〜く、続けていきたいな。
緑になるために必要だと考えていること
- 「精進よりも優先してよい事柄があるのは当たり前」で、やりたいときにやる!
自分を追い込み成長できるのは、とてもすごいこと!
だけど、果たして今は、競プロのレートを育てるべき時期なのか、を見極められると、もっと賢くなれてハッピーだな!と思いました。
やはり、何事にも賢い人はかっこいい!かっこいい競プロerになりたーい!
- 人間関係のがんばりすぎを減らす
ここ最近「X見たくないなあ」「スマホ見ないで友達と話している方が楽しいなあ」と、インターネットから逃げて現実を充実させている過程で気がついてしまったのは…がんばらないといけない関係って、長くは続かない、ということ。
本来友人関係って、仕事の人間関係と違って、頑張るものではなく楽しむためのもので。負荷を感じたら自分の世界へ逃げるとか、ちょっと距離を置くとか、そういうことしていいんだ。という、学生時代に学ぶことをやっと学べた。
そういう冷たくなっていく自分に自己嫌悪で忙しいときもあったけれど、相談に乗ったり乗られたりの過程で、だんだん納得していった。
非競プロerの友達からの言葉で、目が覚めたので置いておきます。
「わたしは、去年あなたが楽しそうに競プロの問題に取り組んでる姿が好きだったよ。今年、競プロの人間関係に取り組んでるあなたはとてもつらそうで、見ていて苦しい。」
- 落ち着いて勉強できる環境を整える
これに関しては内定が決まったこともあり、だいぶ安心して勉強に専念できそう。安心安全が第一だ!
- 健康と健全を取り戻す
しばらくレート爆上がりしていた期間は「運動して、お風呂入ってからABCに出場する」をルーティンにしていた。 ちなみに、運動しすぎた回は下がった!わーん
現実で動いて、汗流して、息をして。 自分の頭と体をしっかり整えてあげると、無駄な思考減って得意のはやときできるんだな!と思います
- 数学の勉強を再開する
去年明らかにレートが上がった時期、中学数学を勉強した直後だったのよね。
いや〜〜黄チャートは難しすぎて放置しちゃった。
自分に合った学習本がちゃんと世の中にはあるので、そちらで高校数学!がんばります!
今年のまとめ
個人的に今年頑張ったので記念にコーナー!!
いやー、本当にがんばった1年だった!
1月
- 仕事で新しい動きがあって、毎日深夜2時くらいまで作業してた
- 調子乗ってRatedで出たARCで落灰!おおん
2月
北海道に戻って(居住も出身も関東なのに、戻る、という表現をしたくなるなあ)再入茶した。と共に、競プロはじめたきっかけの感情と踏ん切りがついた。
※詳しくは 去年の1月に冪乗を知らなかった社会人がABC289で再入茶しました!ながい…32歳になった!めっちゃ色んな人に祝ってもらえてしあわせだった〜
3月
TUPC2022ではじめてのオンサイト参加をした!人生はじめてのチーム戦!けむにくくんとぷせうどさん、本当にありがとう。
※詳しくは よわよわ茶コーダー♀がはじめてオンサイト参加した話競プロer大宴会を主催!
※詳しくは 発案から10日で107名の大宴会を開催した話(メール一括作成GASつき)
3月18日、あの日の「楽しい」は、わたしではなく、心がダメになったわたしを支えてくれた人たちのおかげなので!そこんとこよろしくです。 「やってよかった」と、今なら言える。そう思わせてくれるきっかけをたくさんくれたたくさんの人たちに、ひたすらありがとうである。
- 沖縄と北海道を反復横跳びしてマイルを溜めまくった
4月
傷を癒やしつつ、仕事をする機械になっていた。後で気づいたけどめっちゃ稼いでた!すごい!
ふ、と出たコンテストでちゃんと勝てた!
好きな人とディズニー行くという青春をした。ありがてえありがてえ…
荒吐ロックフェスに初参戦!5年ぶりにELLEGARDEN観て感動しすぎて、8年ぶりくらいに熱出す風邪をひいた。
5月
- 北海道に渡り、風邪のあとぜんぜんご飯食べられなくなって、7kgくらい落ちた!ちなみに速攻戻った。もったいな!
- 食べられないのに焼肉ご馳走してもらうとか、一緒にお寿司食べに行ってもらうとか、周りからの愛で食欲が回復
6月
- ずっと達成したかったことが叶って、友達にお礼言いに回っていた1ヶ月だった。賞金渡したりした。
- 精進復活し始めた!
- 月末〜翌月初はまた青森〜旭川の旅をした!りんごジュース美味しかった!
7月
- 人生初の川釣りに行って鮎を釣って食べたり、花火大会行ったり、買ってもらったFFXをやり込むなど…めっちゃ、夏した!
- 京都の友達に焼肉ご馳走しに行ったり、おじいちゃんの最期(と言われていたが、ありがたいことに今も生きてる)に会いに行ったり
- この月もどうかしているくらいに仕事していた。とっても稼いだ。えらい!
8月
- 精進鯖に参加し、完走した!けむにくくんありがとう!
- E8さんの高校数学本配信をした。微積分の概念がわかった時の感動、今も忘れない…
- CodeQueenに出場した!
※詳しくは 女性オンリーオンサイトイベント【CodeQUEEN 2023】に参加した話 - 未来館行って感動しまくった!
- FFXを一日中やって酒を飲むという、大学生でやりたかったゲーム三昧の日を送れた!
- 2年ぶりのSWEET LOVE SHOWERでたくさん夏フェスを楽しんだ!
- 月末〜翌月頭は友達と札幌〜新潟へ
9月
小樽〜新潟のフェリー移動中に船上競プロをして爆死した…
※詳しくは 船上競プロのしおり船上で大暴れレベルに歯が痛くなって、帰ってからすぐ人生初の歯医者に行ったら、そのまま親知らずを抜かれてびっくりした!お医者さんは「いきなりラスボスだね〜」と笑っていたので、泣きながらメリーさんの羊を歌った…(カオス)
びっくりしてたら初のコロナになった!後遺症がつらすぎて、精進ぜんぜんできなくなった…
FFXクリアした!!人生でクリアしたゲーム3作目。どえらい感動
父の家に友達と遊びに行った時、仕事の話をしていて、父に言われた「お前、そのままでいいのか?」が深く刺さった。
全然よくない!になったので、12月で今の仕事からは離れよう、と決めた。
10月
決めると早かった。ほぼ向こう都合で、委託仕事の1つから急に離れることになった…!
そのあとすぐチャリ盗まれたけど、友達がチャリくれた!やさしすぎる!
転職活動、というか、就職活動したことなかったので「転職(就活)」を開始!
ちょくだいさんれもんさんの結婚式で、有志を募ってお花を贈った!AC!
好きな人と旅行行って人生初の対面告白をしたうおおおおおお
体力を使い果たしたので、その翌週友達と長野旅行してのほほんした
11月
警察で競プロerとの対人トラブルを相談しながら精進したらREが出た!警察署で競プロの実績解除
対処をしてもらえることになった代わりに、トラブル相手と対面する場になるオンサイト・懇親会などには参加しない、という約束をすることになった。少し悩んで、反省と責任を果たすために了承した。ということで行けなくなっちゃった会がたくさんありました。この場を借りて謝罪です。ごめんなさい…
心がしゅん、となりかけたので、友達のツテでまた北海道へ。すすきのでたまたま出会った人々と音楽とお酒を楽しみ、回復どころかとんでもパワーチャージして東京へ戻った!
そして、転職活動をがんばりまくりながら、新しい制作の仕事もばりばりのばりに頑張った!
12月
D論コンにチーム参加した。茶色のわたしにとってはとんでもなく難しい問題に、爆笑しながら挑めて、とっても楽しかった!
ファミレスでロリハとセグ木を教えてもらって、理解が遅く脳が壊れそうになって、本当に楽しかった!
全力で生きる疲労は脳を蝕んで、調子良かったレートも、下がり続けた…が、ちゃんと回復傾向を見せはじめたよ!
そんなで、転職活動に奮闘していたら、もう12月は半分が過ぎたのね。
今年は、かなり駆け足で『20代までにやるべきだったこと』を経験したな〜。
競プロをはじめるきっかけになった神に「もう競プロやめたいです」と弱音をもらしたとき
「競プロは、ひとりでもできるので」
と言われたことが、いま、すごく力になっている。 やるもやらぬも、休むもがんばるも、他人には関係ない。つまり、誰かにされる強制は、何も気にしないでいい。
わたしたちは、毎週コンテストで、ひとりで戦っている。 知識や知見の共有も確かに有用だけれども、レートのために戦う時は、絶対にひとり。
そういうところが、競プロの好きなところのひとつです!
だから、来年も競プロとは「嫌いにならない程度の距離で、関わり続ける」が目標です。
好きなものや人を嫌いになるのは、かなしいからなあ。
ゆっくりと、競プロの好きなところを思い出せて、そして、やっぱり続けようって思えた!
それに、人間関係もトラブルばかりじゃなかった。むしろそれ以上に、頼れる友達や、同志や仲間ができて、とっても充実した1年だった。
この記事書けて、それを思い出せたよ!とってもよかったー!
さいごに
今年もアドベントカレンダー立ててくれたりゅーすけさんに、最大の感謝を送って締めます。きっかけくれてありがとう!
ではではみなさま、良いお年を!